Memories of Tear  第1章(7)

「はい、もしもし」
翌日、学校から帰ってきて家で一休みしていると、電話がかかってきた。
『あ、もしもしー。オレオレ』
かけてきたのは、オレオレさん、もとい中島だった。
「ちゃんと名前くらい名乗れよ、これ携帯じゃなくて固定電話なんだからな……」
『別にいいじゃんかよー。そっちの家族の人だって、俺の声ぐらい覚えてるだろ?』
「いや、まあそうなんだけど……てか、なんで電話なんてかけてきたんだよ?話すことあったなら直接言えばいいのに」
当然今日も学校では中島にあったし、話す機会も多くあった。
帰りは例によってバラバラに帰ったのだが。
そこでふと、中島が電話をかけてきた理由が一つ思い当たった。
ん、待てよ?まさか今日、俺がちゃんといつものルートで帰ったのか確認するために電話してきたんじゃあ!?
だとしたらやばい、一人なのをいいことに昨日と同じ道で帰ってきてしまった。
なんて言い訳していいのかわからない。俺も本が欲しかった、なんて理由はまず通用しないだろう……
『ああ、夏祭りのことでちょっと連絡。ついさっき役場の人から作業の日程を教えてもらったんだ』
どうやら俺の悩みは気鬱に終わったらしい。
言い訳まで考えていたのがバカみたいだったと、胸をなでおろす。
『で、さっそくで悪いんだけど、明日ちょいと集まりがあるから、学校終わったらそのまま役場に集合な』
「あ、明日!?いや、まあいいけど……」
あまりにも急なスケジュールに少し面食らう。
だが、夏祭りの開催日まであと一カ月もないことに気づき、急いだ方がいいだろうと思いなおす。
『じゃあ、明日頼むなー』
「ああ、もちろんちゃんと行くよ」
その後、お互いに「それじゃあ」と手短に別れの挨拶を交わし、通話を終わらせた。
夏祭りが近づいてきている。そんなことをこの電話を受けて、初めて実感した。
夏祭りは毎年、家族や中島、そんなメンバーで回っていたが、今年は佐々原がいる。それが少しだけ嬉しくて、今年の夏祭りの準備は頑張ろうと思った。



翌日、学校はいつも通りの時間に終わり、俺たちは村役場の前に集まっていた。
今日ここに集まったのは俺たちだけではない。辺りには屈強な男たちが立っている。この村が誇る働き盛りに男たちだ。大工の者から林業関係者、農家など職種は様々だが、どれも力を必要とする仕事だ。
当然、この村には公務員の人以外、パソコンを使う仕事に就いている人はほとんどいない。
要はアナログなのだ。
そして、今日からこの屈虚な男たちにまじって働かなければいけないらしい。
「あ、泰造おじさん。お久しぶりです!!」
辺りを見回していると、懐かしい顔を見つけ声をかける。
「お、坊主久しぶりじゃねえか!!元気してたか!?相変わらず貧相な顔してんなあ……肉食えよ、肉!!そして、そして、金槌を愛するんだ!!」
この無駄に暑苦しい親父は、みんなから泰造おじさんと呼ばれる、この村の大工リーダーだ。
なにか建設の話が出れば、必ずこの人が中心に立って話が進められる。
「ちゃんとお肉は食べてますって……それと、金槌を愛してるってなかなか危ない人だと思うんですけど……」
「それは俺のことを遠回しに危ない人だと言っているのか……俺は常に金槌ものこぎりもノミも電動ドライバーもやすりも、何もかも持ち歩いているといるのに!!」
「常にってことは、それは今も持ってるってことですか……?」
この人は今、明らかに両手はフリーだし、そんなに大荷物を装備しているようには見えないが……
「あったりめえよ!!おじさんのこのジャケットの中にはなあッ、夢と希望と工具が無限に詰まってるんだよ!!」
「ば、ばかな……四次元ジャケット?」
このおじさんのジャケットは、某猫型ロボットのポケットよろしく、無限にアイテムが入っているらしい。
「はははっ!!大工たるもの、工具を心から愛しているのさ!!」
「ねえ、泰造エモン〜。スネオにいじめられてむかついたから、藁人形をつくたんだけど、どうすればいいかわからないんだよー」
「はい、75mmクギ〜!!」
おじさんはジャケットから少し大きめの釘を取り出す。
もう中年なのに、このおじさんはノリのいい人である。
「でも、釘を叩くものがないよー!!助けてー!!」
「はい、丸玄能ハンマー!!」
またおじさんは、ジャケットからハンマーを取り出す。
どうやら、ジャケットの中に工具が詰まってるのは本当らしい。
いったいどうやって詰まっていて、いったい総重量は何キロくらいなのだろうか……
「さて、茶番は終わりにしてそろそろ作業の説明と行こうや」
おじさんは気だるげに近くにあった椅子に座る。
「ん?中島のとこの坊主はどうした?」
中島は俺よりも少し遅れで到着する予定なので、現地で落ち合う予定になっている。
「あいつは用事があるらしいので、多分もう少し……あれ?」
噂をしていれば、ちょうど向こうに中島の姿が見えた。予定では大分遅くなると言っていたが、どうやら思ったより早く来られたらしい。
だが……
「げっ……!!」
中島を見つけたその目が、その横にいたもう一人の人間も捉えた。
正直なところ今は会いたくない人、神坂が中島のすぐ真横にいた。
たしかに、これだけの人数が集まる場所なら、出くわしてしまう可能性だって十分にあった。
ましてや、神坂は神主の娘。この祭りはそもそも、あの神社の神様を祭るためのものだから、神坂がこの準備に来るのは明らかだった。
「おい!!中島の坊主!!説明するからちょっとこっち来い!!」
中島が泰造さんの呼びかけに気づき、軽く会釈をしてからこちらに向かってきた。
神坂はこちらに気づく様子もなく、どこか別のところに消えていった。
ひとまず無事に済んで、ほっと胸をなでおろす。
「泰造おじさん、おひさしです!!」
「おう!!おめえは相変わらず元気そうだな!!」
「いやいや、おじさんには負けますって……」
確かに、このおじさんに勝てる人はそうそういないだろう。
もう年齢的には50を超えているはずなのだが、力仕事となると必ず出しゃばってくる。文字通り死ぬまで現役を貫けそうな人だ。
「さ、作業の説明と行こうぜ」
おじさんは少し表情を引きしめ、俺たち二人に目線を向けた。
「ま、単刀直入に言うとだな。お前らは俺らとは別行動だ。ガキはガキだけで作業してもらう。当然俺らも多少は手伝うがな」
おじさんの説明の詳しい意味はわからない。だが……
――拍子抜けだった。
昔の幼いころの自分に比べれば、力仕事もできるようになったし、なによりこの祭りの準備の中枢的な部分に関わりたかった。
大人に交じって作業するのは足を引っ張ってしまいそうで怖かったが、いざ子供だけでとなると、物足りない気がしてならない。
「あの、ガキって言うのはどれくらいの子供のことを言うんでしょうか……?」
中島がたまらずに質問する。
「あん?そりゃ、小学生の坊主から中坊までぐらいのガキだよ。んで、おまえらで、そのガキどもの指導者をやってもらう」
まじめな表情を崩さずに言う。
その表情を見て、そこで初めて気付いた。
俺たち二人が邪魔だから別行動にしたのではなく、子供たちのまとめ役を出来ると信頼して、この役職にしたのだと分かった。
「わかりました。精いっぱい頑張ってみます!!」
中島にもそれが伝わったらしく、表情を引き締めはっきりと返事をした。
「わ、わかりました。出来る限り頑張ってみます……」
中島続くように返事をする。
俺には中島ほど自信はなかったが、それでも引き受けてみようと思った。
「おう。てめえら二人には期待してんだぞ?もうこの付近にはほとんどガキがいねえ……これからこの村を背負っていく若者として、しっかり仕事しな!!」
「「はい!!」」
この村はただでさえ小さくて人口も少ないが、さらにいくつかの細かい集落に分かれている。
俺たちの住んでいるこの集落は村の中で最も便が悪く、人口も最も少ない。
小、中学校もこの集落の中には無いため、子供が生まれると平地の方の集落に引っ越すものも少なくない。
そのため、この集落には子供が極端に少ない。
だから、今回は少し頑張ってみようと言う気になった。
この村の未来を背負うなんてことは俺には出来ないが、この村のためにできることはやってみたいと思った。




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