第3章(1)

「あんたら、なんでこんなぐったりしてんの?つまんないんだけどー?」
今日もいつも通り3人で中島の家に集まっていた。佐々原がこっちに戻ってきてからは、それぞれの学校の用事が終わり次第、中島の家に集まって、何をするでもなく暇を潰していた。
けれど、ここ数日の祭りの準備の手伝いで俺たち男性陣二人はへとへとだった。
 「勘弁してくれよ……俺たちはここ毎日村の手伝いで忙しいんだから。一人で宿題でもしててくれー」
 「別に宿題とか出てないんだけど…ところで、その手伝いってなにしてんのよ?」
 「夏祭りの準備の手伝いだよ。毎年この時期は忙しくなるのは知ってるだろ?」
 「そ。そう言えばそろそろそんな時期ね……」
 佐々原はそっけなく返事をする。だが、その時の目は少しだけ不機嫌そうに見えた。
 その理由は、元気のない俺たちへの不満とは別の理由に思えた。
 夏祭りにいい思い出がないのか、それとも俺たちが毎日手伝いに明け暮れるのが嫌なのだろうか……
 「そうそう。特に今年は大変だよ。なんてたって、子供たちだけで小さなやぐらを作ろうとしてるんだから。しかも、子供って全員俺たちよりずっと年下で、俺たちがその子たちのまとめ役をやってんのさ」
 中島は今年の夏まつりの準備で、今何をしているのか説明した。
だが、なんとなく。なぜか知らないが、今の説明はしない方がよかったと直感した。
 直感は的中した。
 佐々原の顔からは表情が消えていた。
「そ、それは大変だね……」
言葉を発した後でも、その表情に変化はない。
中島もようやく自分の発言がこの異質な空気を作り上げたことに気が付き、何が佐々原の気に障ったのかと戸惑い始める。
場の雰囲気は依然として変わらない。
佐々原が帰ってきてから、なんどかこういう重い空気になることがあったが、今は戸惑いよりも悲しさの方が強かった。
佐々原と感覚の共有が出来ていない。俺たちは親友として、知らなくてはいけないことを知っていない。
そんなことが痛いくらい伝わってきて、申し訳なさでいっぱいになる。
「ごめん。私嫌な奴だ……また空気悪くした……」
それでも佐々原は俺たちではなく、自分を責めてこの場を収めようとする。
「謝るなよ……なあ、佐々原。言いたいことがあったら言ってくれ。そういう遠慮とか、しなくていいから……」
中島も同じように感じていたのか、俺たちの知らない"何か"を話してほしいと頼んだ。
それでも佐々原は軽く微笑んで、「ごめんね」とだけ口にした。
だが、その直後、「その代わりに」と付けくわえ、
「今度の祭りの準備には、私も連れて行って」と、表情を一変させ、強い瞳でそう言った。
そこにどんな意図があったのかはわからなかったが、その迫力に圧倒され俺たちは首を縦に振るしかなかった。


次の日。学校が終わった後、俺たちはいつも通り夏祭りの準備に来ていた。
だが、いつも通りで無いことが一つ。俺たちは昨日の約束通り佐々原を連れてこの場所に来ていた。
佐々原の表情には昨日の様な険しさはなく、空気を重くしないように努めているのが伝わってきた。
中島もそれに答えてか、いつも通りの明るいなんでもない話に盛り上がっている。
当の俺はと言うと、2人の会話に会わせて適当にあいづちを打つことしかできなかった。
佐々原のためにも明るくしなければならないというのはわかっていたが、うまくいつも通りを演じられない。
おそらくこれから佐々原の一人で抱えていることがわかる――かもしれない……
そう思うと、期待と不安で落ち着いていられない。
「航希。なーに暗い顔してんの?そんなに私が付いてくるのが不満なの?」
考えがばれたようで、佐々原に冷たい目で顔をのぞきこまれる。
だが、冷たい目と言っても、俺を責めているわけでもないのは伝わってくる。
むしろ、気を遣わせてことに対しての謝罪の意識も込められていたかもしれない。当然、そんな感情を出さないようにしているのだろうけど。
「別に。いつも通りだよ」
そう言って、まっすぐ前を向いたまま、歩くペースを少し早足にする。
「ちょっ。なにすねてんの?」
「すねてない!!」
佐々原も負けじとペースを上げて、必死に着いてくる。中島はさらにその後ろを苦笑いしながら歩いている。
そんな微妙な距離間を保ちながら歩き続けていると、いつもの作業場が見えてくる。
今日は平日で、時間ももうじき18時になろうかと言う時刻のため、手伝いに来ている子供たちは少ない。現場に残っているのは少数の子供と大人たちぐらいだった。
「はあ……今年はえらく張り切ってるのねえ……これでまだ、開催まで二週間以上あるんだから驚きよ」
佐々原は到着するなり、今年の作業状況を見て感嘆の声を漏らす。
「そりゃあな!!今年の気合の入れ具合は当事者も軽く引くレベルだからな」
中島もそれに、自信たっぷりの声で答える。
中島は作業が始まって以来、夏祭りの準備に精力を注いでいる。普段は遅くまで学校に残っているが、最近では早々に学校を出て夏祭りの準備に向かっている。
それだけ努力しているからこそ、こんなに自信が出てくるんだろう。
俺も中島にも負けず劣らないくらい努力してきた自信があるし、最終的にはもっと高いレベルにまでいけると思う。
「そっか……で、あんたらの頑張ってる子供用のやぐらってのはどこにあるの?」
佐々原はメイン舞台の見学もそこそこに、すぐに山の麓の方に歩きだした。
「そっちで合ってるよ。そこまっすぐ行けばある」
俺たちのやぐらがあるのはちょうど佐々原が向かっていた方角だった。
「そ。こっちだったらヤだなって思ってた……」
佐々原はあたかも、もともと場所が分かっていたかの様に、自然な動作で麓まで歩いて行った。
山の麓に小さく建てられたやぐら。全体の作業工程のうち4分の3ほどは完了していて、あとは外組みを整えるだけとなっている。大きさも外装も大したことのない地味なやぐら、それでも俺たちにとってはみんなで作った立派なやぐらだ。
だが、佐々原はそれを今日一番の険しい顔つきで見つめていた。
俺の苦手な顔――俺の知らない佐々原が透けて見えるような顔だった。
佐々原がそんな顔をしているのを知ってか知らずか、中島は静かに黙ってよそを見ている。
そんな時間がしばらく続き、息苦しい空間に居心地の悪さを覚える。
ふと、静止した空間を壊すように佐々原が静かに振り返る。
その目線の先にいるのは、俺でも中島でもない、新しい来訪者だった。
だが、佐々原はその来訪者に別段驚く訳でもなく、静かに見つめ続けている。むしろ、その目には歓迎の感情が含まれている気がした。
「お久しぶり……この前は逃げ出しちゃってごめんなさい」
来訪者は静かに挨拶をした。その言葉は俺や中島ではなく、佐々原ただひとりに向けられていた。
「うん。久しぶりだね、神坂さん」
佐々原もじっと神坂を見つめながら返事をした。
「やっぱり、あなたはこの光景を見たら怒るかしら……?」
神坂は少し申し訳なさそうに視線をそらす。
「別に……怒ってると言うよりは困惑してるかな。なにより、あなたがいるのになんでまた、こんなことになっている理由が知りたい」
「……ごめんなさい、私程度の発言力じゃ止められなくて……」
だが、神坂は一拍を置いてから、今の言葉を否定する。
「ううん、嘘だね。私はいい加減そろそろ、乗り越えられるんじゃないかって思ってたの。だから、信じてみたかったの」
「そっか、そうなんだ……」
佐々原もまた言いきると同時ぐらいに顔を下げる。
これを合図にまた沈黙が流れる。もはや俺と中島は言葉をはさむことはできない。
二人の間に入れないのがもどかしい。先ほどから様子を見る限り、神坂は佐々原の隠していることを知っている。
「でも、ごめんなさい……」
何秒の、何分の沈黙が続いたのだろうか。それくらい長くも、また短くも感じる奇妙な時間の沈黙だった。
だが、その沈黙が破られた。
佐々原が再び顔を上げ、言葉を発したことによって……
上げられたその顔にはもはや先ほどまでの気弱な表情は無い。
あるのはただ、決心――覚悟を決めたという表情だけだった。
「私がさ、こっちに帰ってきてから、清水たちと再会してからそんなに時間がたったわけじゃないよ?だけど、これだけはわかった。
清水も中島も、二人ともあの時からまるで成長できてないよ。少なくとも、わたしはそう思う……
だからさ、これはお願いと言うよりは警告――
あんた達、これ以上この手伝い続けない方がいいよ」
佐々原の口から発せられる痛烈な言葉達。どれもが俺の心に突き刺さり、傷口を広げるように暴れまわる。
だが、俺はその痛みに耐えることすらできず、すべての感覚を失う。
なぜ、佐々原はこんなことを言うのか、なぜ佐々原はこんなに悲しげな顔をしているのか……
そんな疑問だけが頭の中を占拠して、他のことはなにも考えられなかった。
「…………っ」
佐々原はそれだけ言うと、唇をかみしめ、逃げ出すようにこの場を去って行った。
出来たのは、なにもせずに立ち尽くすことだけ。
 それは、俺だけでなく、中島も神坂も同じだ。だれも言葉を発せない。先ほど様にまた沈黙が始まる。
けれど今回はそう長くは続かない。
「ごめんなさい、私の所為だね。本当にごめんなさい……」
神坂は消え入りそうな声で、ただ謝った。
そしてまた、佐々原と同じように逃げるように立ち去っていく。
――わからない。何一つとして。
とりあえず、今は何もする気になれない。
俺もまた二人に倣ってこの場所に背を向け、歩き出した。
後ろから中島が付いてくる気配は無い。
それでいい。今は少しだけ、一人になりたかった。




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