Memories of Tear  第2章(2)

「なあ、すごくビッグなニュースがあるんだが、聞きたいか……?」
その日の午後、役場の集まりから帰ってきた中島の家に遊びに行っていた。
そこで今日会ったことを話そうとしてみた。
「へえー。なんと俺からもビッグなニュースがあるんだ。しかも二つ!!」
「おう!聞きたいかそうだろう。じゃあ話してやろう。なんとだな……」
「待てよ!!無視すんなよ!!俺もビッグニュースがあるんだって!!」
「ええ〜。だってお前のビッグニュースって、絶対たいしたことないって……」
この天然野郎はなんでもかんでも大げさに話すから、信用してはならない。
「ほんとなのに……」
小動物のように寂しげな顔をして、しょぼくれ始める。
なかなかに人の罪悪感に訴えかける表情をしている。こんな顔をされたら思わず許してしまいそうになる。
「まあいい。とりあえず、聞くだけ聞いてやるよ……」
結局折れた。絶対にどうってことない話だが、聞くだけならタダだ。
「さんきゅー!!じゃあ言うぞ……一つ目はな……」
ごくりと唾を飲んで、間を作りだしている。
「なんと!!3丁目の小沢さんちの猫に赤ちゃんができたらしい!!」
「…………………」
"どやっ"っと言わんばかりの顔で、驚きのリアクションを待っている。
ひとつ言おう。絶対にわざとやってるだろ……?
「うわー。すごいー。びっくり。びっくり。おめでとー」
だが、俺はいい人だ。最低限の反応ぐらいするさ。
中島は俺の反応を見て満足そうに笑ったあと。 
「それで、二つ目っていうのは……」
あ、そう言えば二つあったんだったな……
「なんと!!今年の夏まつりのために、山のふもとにやぐらを作ることになったんだ!!」
「……………うおっ!!これは普通にびっくりだわ……」
どうせまたリアクションのとりずらい、どうでもいい話が来るのだろうと思っていたら、予想に反して有益な情報が出てきた。
「ふふふ。そうだろう、そうだろう?村の大工集で集まってやることになったんだ。俺たちも手伝うんだぜ?」
「俺、たち?」
「もちろん!!俺だけじゃなくて、おまえも手伝うんだぞ?」
さも当然のように、中島は俺にも手伝いに参加することを強制する。
昔はよく3人で大人たちの手伝いをしたのを覚えているが、中学に進学したあたりから全くそういうことをしなくなった。
今この年になって再び手伝いに行くのも気が引けるが……
「ま、どうせ断っても無駄だろうから、行ってやるよ……」
結局中島には勝てない。今回もまた、中島の言うとおりにしてしまうのだ。
「おう!!そう言ってくれると思ってたぜ!!」
「で、具体的には何をすればいいんだ?まず、いつから始めるんだ?」
「んーと、来週ぐらいかな。泰造のおじさんを中心にやるらしいから、何をするかはおじさんに聞いてくれ」
「了解―。実際に作業始めるときになったら言ってくれよ」
「おっけー」
手伝いをするのは多少面倒くさいが、泰造おじさんに久々に会えるようだからよしとしよう。
変人だから、相手にしていると少し疲れるが、俺はおじさんのキャラが好きだった。
「……………………」
「……………………」
平和だ。今日も俺の一日は何事もなく終わろうとしている。
だが、やけに何かが頭に引っ掛かる。いったいなんだ……?
「…………」
まあ、いいか。
「あ、そうだ、清水。聞いた話なんだけど、この間安藤さんちのにわとりが――」
「ってよくなーーーーい!!!!」
「え、なに!?この話つまらなかった?そうだ!! なら、この間吉田さんちのイノシシが逃げ出した話は……」
「どうでもいいわ!!いや、あんまりどうでもよくなったが……でも、やっぱどうでもいいわ!!」
中島の話を聞いて、重大なことを忘れていた。本来この話をするために、来たというのに……
「あ、待って。俺も一つ思い出したわ」
「後にしろ!!」
なんか再び中島が俺の話に水を差そうとしてきたが、同じ過ちは繰り返さない。今度こそ無視する。
「ビックニュースだ!!俺もビックニュースがあったのを忘れてたよ。いろいろあって忘れてたが、思い出した。いいか、聞いて驚けよ……」
これから話される内容を知らない中島は、よくわからずにぽかーんとした顔をしている。
「……?」
「なんと、あの……あの佐々原が帰って来たんだ!!」
「……………うん、知ってる。俺もさっきそこで会ったし……ごめん、俺のさっき言った思い出したことってそれなんだ…………」
「な……………………」
……開いた口が塞がらなかった。あまりの驚きで、口が"お"を発音する形で固まる。
「いやー、ごめんごめん。でもあいつ、ほんと全然変わってなかったな!!ははっ」
「なにがおかしいいいいいい!!ついさっきのことだろ!?忘れるなよ!!」
「いや、だからごめんって……」
「猫や牛やイノシシより、こっち先に思い出せよおおおおおお!!」
「牛じゃなくて、にわとりな」
「そこどうでもいいから!!」
疲れる。中島と話してると、やけに体力を消費させられる。
すでにツッコミ疲れて、肩で息をしている始末だ……
「もういいや……伝えるべきことは伝えたし……」
役目を果たし終えた(果たす必要はなかったようだが)俺は、もう大人しく家に帰ることにした。
「もう帰んの?」
「そうさせてもらいます………」
完全に憔悴しきった俺は、よろよろと立ちあがる。
「それじゃあ、ちゃんと建設の予定わかったら知らせろよ?」
「おう。それじゃあなー」
「んじゃ……」
適当に手を振って、部屋を出る。
部屋を出たすぐ先に玄関があり、そこで靴を履いて家を出る。中島の家にはもう何度も来ているため、この動作にも慣れている。
だが、今回はいつもより疲労感が強い。
当然、ツッコミで疲れたのもあるが、ほとんどは今日一日で蓄積された疲労だ。
朝家を出て、奈央ちゃんに会って、神坂に出会い、そしてまた奈央ちゃん会って、そして佐々原に会った。
これら全て今日一日の出来事だ。充実し過ぎてパンク寸前のスケジュールだった。
帰ったら早く寝よう……
そんなことを考えながら家に向かう。と言っても歩いて3分程度だが。
佐々原に会った。村の手伝いをすることも決まった。
神坂のことは気になるが、今後の生活が充実していきそうなことが2つも起こり、少し浮かれた気分だった。
それが現れる様に、歩幅が普段よりも広い気がした………




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