Memories of Tear  第2章(8)

7月2日。夏祭りの準備が始まってから、およそ2週間が経過した。
作業は順調。10人弱の近所の子供たちをまとめて、小さなやぐらを作っている。
山の麓、少しだけ平地になっている部分の端っこに建設中だ。メインとなるやぐらの横にひっそりと作っている。
 ほとんど子供の手だけで作っているため、やぐらと言っても小さな舞台の様な、そんな大層なものではない。
 実際に祭りで使われるものは大人たちが作っている立派な方だ。それでも、子供たちは少しでも祭りの準備に参加出来ている喜びを感じていた。
 それはまとめ役である俺たちも同じだった。
そして、今日も準備に明け暮れる。
「気をつけて!!その木材は他のよりも重いから!!だれか他の人と一緒に持ってね!!」
中島は全体の状況を把握し、進行状況の管理と全体にまとめを行う。
「そう。こっちに左手を添えて、右手で叩く。左手にぶつけないように気をつけてね?」
そして、俺は実際に作業する子供たちにアドバイスを送ったり、自分が率先して作業をし、お手本を見せる。
俺はこういう力仕事は得意ではないので、正直役割が逆の方がいいのではないかと思うが、こんな役割分担でやっている。
「で、出来た!!」
メンバーの一人、海斗くんがクギ打ちをやってのける。形は少しいびつだが、釘はしっかりと中までで埋まっていた。
「おお!!すごいね!!ちゃんと一人で出来たんだ!!」
それを見てしっかりとほめる。
すると海斗君は「えへへー」と目を細めて、嬉しそうに笑う。
最初は慣れてなかった、子供たちとの交流も板についてきた。始まる前はどんな風に接していいのかもわからなかったのに、今ではそれなりに子供との接し方が分かってきた。
そういう意味では、今回に仕事を引き受けてよかったと思う。
「よし!!だんだん暗くなってきたし、今日はここまでにしよう!!」
遠くから、進行管理の中島の声がする。この合図がかかれば、一日の作業が終わりを迎える。
「「「お疲れさまでしたー!!」」」
作業が終わり、辺りは一気に子供たちの喧噪に包まれる。
この作業に参加している子供たちは、みんな年齢も違い、性別も男女ばらばらだが、それでも仲がいい。
作業が終われば集落の方までみんなで帰っていく。
「それじゃあ、さようならー!!」
子供たちは一足先にみんなでまとまって帰っていく。
数分もすれば辺りは一気に静かになるが、それでも俺たち大人組はもう少し残ってやることがある。
「お疲れさん、状況はどうだ?」
「あ、おじさん。結構順調に来てますよ」
作業が終わるといつも泰造おじさんが顔を出してくれて、そこで中島が状況報告をする。
その後しばらくは今後の進行の管理の会議をするため、俺は基本的にその間は暇になる。他の大人たちに技術的なことでアドバイスをもらったりすることもあるが、今日は近くのベンチに座って休憩することにした。
だが、ベンチ座ろうと歩き出したところで気付いた。そのベンチには先客がいたことに。
「あ……久しぶり……」
その人物は、この手伝いをするのなら、いずれ出会ってしまうだろうと危惧していた人物――神坂だった。
「うん、久しぶり……」
神坂は気まずそうに目線を下に向ける。
俺はあれからずっと逃げ続けて、まだあのわだかまりを解いていなかった。
だが、さすがにここまで来たら逃れられない。もともと、この手伝いを始める前から、ばったり会ったらその時は逃げないと決めていた。
別にそんな大げさに語って聞かせられるような、大層な問題ではないけれど、時間が無駄に気まずさを強めていた。
それでも、気まずさよりも今は勇気の方が上だった。
「あの、あのときはごめん。神坂さんのこと放っておいて、佐々原と話しこんじゃって……」
――言った。ついに言えた。
正直謝る内容は自分でもよくわかっていなかったが、それでも謝ることが大切だと思った。
「なんで、なんで清水君が謝るの?私の方が謝らなければいけないのに……」
神坂は本当に申し訳なさそうな顔をして言った。
「ごめんなさい、この前は突然なにも言わずに帰っちゃって……本当にごめんなさい!!」
そう言って深く頭を下げる。こっちも神坂が謝るわけがよくわからなくて、逆に申し訳なくなる。
「いいって、いいって!!そんな別に気にしてないし、何より話しこんじゃった俺が悪いんだし……」
「あ、ありがとう。そう言ってもらえると助かる……」
そう言って神坂は安心したように目を細めた。
自分のことだけで頭がいっぱいだったが、神坂もずいぶん気にしているようだった。
そのことに気付けなかったことは悔しいが、今ここでわだかまりが解けたからよしとしよう。
「そう言えば、神坂さんはどうしてここに?」
そろそろ空気を変えようと、話題を振ってみる。
「お父さんの手伝いとか、あいさつ回りとかかな。そして、いったん休憩でこのベンチで休んでいたところなの。清水君の方はどんな感じ?」
「まあ、なんとかやれてるかな……大変だけど、やりがいあるし意外と楽しんでやれてるよ」
そんな感想がすらすら出てきた。
今言ったことは全部本心だ。今回の一件を通してか、神坂とも素直に会話ができるようになっていた。
「そう……ありがとうね。勉強とか忙しいだろうに、村のために手伝ってくれて」
神坂の口角が少しだけ上がっているように見える。
「そ、そんなことないよ。神坂さんの方こそよっぽどいろいろ仕事をこなしてる。俺なんかよりよっぽど偉いよ……」
ほめられて照れくさかったのもあるが、実際に神坂の方が働いていると思う。
神主の娘と言う特殊な立場を抜きにしても、積極的に現場に出ていろいろな人に声をかける。俺みたいな引っ込み思案な人にはとてもできない。
「そんなことないわ。頑張り方は人それぞれだから、私の方が偉いとかそんなのは無いの……」
「あ、ありがとう……そうだね。お互い頑張ろうか」
正直、神坂に頑張りを認めてもらって嬉しかった。今回の手伝いを誰かに認めてもらうのは初めてというのもあって、余計に嬉しかった。
それをうまく隠しながら、話をまとめる。
ちょうどその時、遠くの方から中島の呼び声が聞こえた。
「おーい!!今日の作業おしまいー!!さっさと帰ろうぜー!!」
「おう、今行くー!!」
適当に返事をして、神坂の方を振り返る。
「じゃあ、ごめん。そろそろいくね」
「うん。じゃあね、今日は話せてよかった」
神坂はうっすらと目を細めながら、小さく手を振る。きっと本心から言ってくれているのだろう。
「うん、俺も話せてうれしかった……じゃあ、また今度ね」
俺もそれに答えるように微笑み返し、手を振り返しながら立ち去った。
なんとなく気恥ずかしかったので、普段より少し早目の歩調で中島の元へ向かう。
「おまたせ!!それじゃ、帰ろうか」
「おう、帰えるか……」
二人の間には、「この祭りを絶対によりよいものにしてみせる」と言う気持ちが、共有されているという確信があった。
そんなことを感じながら、明日に向けて家路についた。




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