Memories of Tear  第一章(1)

 森を越えた。川を、田んぼを越えた。この田舎町を俺たちは自転車で駆け抜ける。
 ここは都会の人間から見たら鼻で笑われるようなド田舎だ。ただし、空気はうまい。そんな空気を肌で感じながら、朝日を浴びて俺達は隣町の学校に向かっていた。
 ろくに舗装もされていない草道を自転車で走るのを結構体力がいる。なにより、砂利道だらけだから2、3カ月に一回はパンクする。
 そんな面倒くさい道を毎日30分、俺たちは走らなければいけないのだ。
 「…………」
 「…………」
 通学途中は互いに会話もなく、ただ自転車を走らせる。風の音のせいで、あまり音が聞こえないという理由もあるが、俺の隣を走る男、中島周平とは物心つく前からの付き合いだ。会話がないくらいでどうこうなる仲じゃない。
 昔は近所の女の子も含めて3人でよく遊んだものだが、今は一緒にいるのが当たり前になって、そんなに話さなくなった。
 当然、全くしゃべらないということはないが、昔ほどお互いに依存しなくなったという言い方の方が正しいかもしれない。
 しばらく自転車をこいでいると、急に景色が開く。豪奢ななりをした校舎。広いグラウンド。俺たちが毎日通っている高校が見えてくる。
 一見立派な学校に見えるが、実際は山の中に位置していて、田舎学校だ。山の中に位置していて地価が安いからか、無駄に敷地だけは広い。
 自分で選んだことだが、どうやら俺は田舎にしか縁がないらしい。
 敷地内に入ると、適当なところに自転車を止めて、教室に向かう。
 特にその間もこれと言った会話はしない。日によってはどうでもいい苦労話とか、昨日何がったとか、そんな会話はするが。
 校舎の中はあまりきれいではない。あまり力のない私立高校などそんなものだと思うが、エントランス以外は見た目がよろしくない。
 俺たちの2年の教室は3階に位置している。
 そして、今日もいつも通り教室の扉を中島があける。
 「おはよー」
 「はよ」
 中島は社交的にあいさつをするが、対照的に俺は適当にあいさつをして教室に入る。
 「中島に清水、おはよーっす」
 クラスメイトの斎藤があいさつを返してくれるが、別段親しい覚えはない。おそらく中島のセット的扱いだろう。
 そのままの流れで中島は斎藤のグループに入っていく。俺は自分の席に向かい、机につっぷす。普段からそうやって授業が始まるまでの時間を潰している。
 別に仲が悪いわけじゃないが、他のクラスメイトとは少し距離を置いている。
クラスの雰囲気は悪くない。それなりに勉強にやる気のある人間が集まっているし、他人の足を引っ張るような奴はそんなにいない。
 ただ、学校は退屈だった。親友と呼べるのは中島ただ一人。俺ってこんなに暗い人間だったのかと少し悲しくなってくる。
 そんな風に毎日を過ごしてきた。そのなかで、何度もこうして自問してきた。「こんな生活を続けていいのだろうか?」と。
 今日だって中島の楽しそうに友人としゃべっている姿を見ていると、自分の性格を変えたいと思う。
 けれど、そう簡単に人は変われない。結局足踏みをしたままで、今日も授業が始まり、暇をつぶしながら、ときどき中島とだべりながら、一日が終わっていく。
 クラス替えをしてから2カ月ぐらいがたった。もう少しクラスになじんでもいいと思う。なんてことを考えながら再び家に向かって自転車をこいでいた。目の前を走る中島の背中が大きく見えて、なんとなく声をかけた。
 「なあ、毎日楽しいか?」
 「……まあ、それなりにはな」
 特に振り返ることもなく中島は答える。短い付き合いじゃない、そっけない態度に見えるが、あいつは俺の考えてることを全部わかってるはずだ。
 「そか……」
 言いたい言葉が見つからなくて、口ごもる。
 「だれかと親交を持つってのは、いいことばかりじゃないぞ」
 中島は悟った様な口調で話す。完全に俺の考えていることが分かった風な言葉だった。
 「たとえば?」
 「ん?ただ単にむなしい。かな」
 そっけない口調でぼそっとつぶやく声が聞こえた。
 それに関しては同感だった。まともに友達なんて作ったことはないが、なんとなくわかってるからだろう。
 「関係の持続が難しいってこと? どうせ一生ものの友達なんてほとんど出来やしないんだろうしな」
 「さあな……でもここに永久的に親交の持てる友人がいるだろ」
 中島は苦笑しながらこちらを振り返って言う。
 そんな言葉を聞いて、少し前向きな気持ちになれた気がした。
 今の自分を変えてみるのも悪くない。変わらないのも悪くない。そんな風に思えることができた。
 「そんじゃ、また明日な」
 分かれ道まで来ると、中島は手を振って家に向かっていった。
 その背中を数秒見送った後、俺はゆっくりと家に向かっていった。





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