Memories of Tear  第一章(4)

翌朝。いつものように中島の家の前で待っていると、奴はやけにニコニコしながら家から出てきた。
「おっはよー!」
こいつのとびっきりの朝の挨拶を受けての俺の感想は……
「不愉快であった」
なぜ俺は朝からこんな、イケメンの嫌みでさわやかな笑顔とあいさつで朝を迎えなければならない?
疑問でならない。
「あの、なんでそんな嫌そうな顔してるの?鳩が苦虫をくらったみたいな顔してるけど……」
「統一しろよ……ていうか、明らかにどっちにしろ表現として間違ってる気がするのだが?」
「……そうか?」
本当に分からないように首をかしげる。ときどきこいつはバカなのか天然なのか、わからない時がある。
「じゃあ、あれだ。他のレジよりも列が少ないと思って並んだはいいけど、目の前のおばちゃんが小銭出すのにもたもたしてて、いらついてる若奥様みたいな顔してる」
「かなり回りくどい表現だが、ほとんどあってるかな!?」
そうじゃない、俺がどんな顔をしているかなんてどうだっていい。
「まあ、いいいや。そんなことより、なんでおまえそんなに嬉しそうなんだよ……」
自転車にまたがり、とりあえず最大の疑問を聞いてみる。
「べ、別になんでもないですよ?」
「浅井に何か言われたんだろ」
中島は観念したかのように肩をすくめる。
「気にするな、ちょっと昨日の話をきいただけだ」
「それで朝から機嫌がいいのか?」
「まあ、なんかお前が成長できたみたいで嬉しくて……」
中島は照れをかくすように、うつむきがちになりながら言う。はっきり言って、男がこれをやると気色が悪い。
「ていうか、お前は俺のかあちゃんか!?息子の成長を祝う親の様な心境になってんじゃないよ!」
「そう言われても、うれしいものはうれしいのだが……」
今度は悲しそうな顔をしている。
駄目だ、もうこの人完全に俺の母親になった気でいるよ……俺たちは同学年だって言うのに……
学校に着き教室の前に来たが、やけに視線が気になる。
この廊下には俺のほかに中島しかいないため、それは当然となりを歩く中島からのものだ。その視線の種類は、一言で言うなら期待のまなざしだ。
こいつが期待のまなざしを送っている理由は、おそらく俺がこのクラスになじもうとするのを見たいのだろう。
だが、人間そう昨日の今日で変わるほど単純にできてない。
「はよ」
いつもと同じ、形だけの適当な挨拶ひとつで席に向かう。他のクラスの連中とは、まだ親しく話すことはできない。
「おはよー」
中島はそれを残念そうに見ながら、まわりにむかって挨拶している。
だから、そんな悲しそうな顔をするなと……本当に世話焼きと言うか何というか……
「おっはよ」
席に着いたとたん、誰かから声をかけられる。
虚を突かれ、驚いて顔を上げると、いつものにこやかな笑顔で浅井が立っていた。今までの日常にはなかった出来事が起きて、俺は少し困惑した。
「おっ、おう……」
突然のことで口ごもりながら返事を返す。
ふととなりを見ると、中島が嬉しそうに笑っている。そして、満足したかのような顔をして、向こうの男子生徒の集団に歩いて行った。
俺たちはそれを見送り、中島が輪の中に入ったのを確認してから、昨日のことや他愛のない話をはじめた。
最初はぎこちない感じがしたが、途中からは結構自然に話せた。
結局今日一日、暇なときは浅井と話をして過ごした。そして、昼休みには中島も交えて、三人で昼飯を食った。
それは普通の高校生からしたら当たり前のことだけれど、なんだか新鮮な感じがした。その新鮮さはとても気持ちがよくて、本当に楽しくて、ひたすら時間が早く過ぎていった。
気づけば今日が終わり、帰りの時間になっていた。
中島は今日も集まりがあるとかで、帰り道を俺は一人で自転車をこいでいた。
考えてみれば、今日一人になるのは初めてかもしれない。
いつの間に俺はそんな人間になったんだろう?
といっても、話をした人間は2人しかいないが……
それでも俺にとっては大きな変化だった。
それにしても、ふと考えてみれば、どうして俺はこんなさびしい人間になっていたんだろう?
自分で自分を評価する限り、別に社交性がないわけでもないし、対人恐怖症と言うわけでもない。
それがどういうわけか、まともに友達もできないまま、もう高二である。
理由ならわかってる。
俺はずっと友達をつくろうとしてこなかった。
いや、してはならないと思っていた。こういう考えがいつ頃から俺の中にあったのかはわからない。
こういう考えが芽生えた原因もわからない……
ただ、小学校の高学年までは普通に友達もいたから、それ以降だとは思うが……
だが、これ以上のことは、どうにもわかりそうにない。
自分で自分がわからない以上、こう考えていてもらちが明かないので、考えるのをやめにした。
そんなことを考えている間に、いつの間にか神社の前にまで来ていた。
ふと神社の方を見ると、神坂が拝殿のところでお参りをしているのが目に入った。
なんとなくその姿がはかなそうで、気が付けば神社に自転車をとめて、彼女のもとに歩いて行っていた。
「よお」
神坂がお参りを終え、顔を上げたところに声をかけてみる。
「こんにちは、今日はどうしたの?」
突然声をかけたにも関わらず、別段おどろいた風もなく聞いてくる。
こういう、なんでもお見通しといった感じが彼女を近づきにくくするのだろうか。
「いや、特に用事はないんだけど、またお参りでもしようかと……」
実を言うと、まったくここに来た理由なんてまったくなかったのだが、とりあえず適当な理由を作って置いた。
「そう。自由にしていってね」
そう言って、神坂は奥の方に下がっていこうとする。
だが、俺はそれを認めることができなかった。
「あ、ちょっと!」
「……どうかしたの?」
まだいなくなって欲しくないと思い、勢いで引きとめてしまったが、何を言うかも考えていない。
言うべきことが思いつかずに、静かな間ができる。
いつまでもこの微妙な間を続かせるわけにもいかない。とりあえず、何かしら言わなければ……
どうすればいいかさっぱり分からないが、流れに任せてしまおう!!
「えと、その、あの……今度お茶でもどう?」
任せ過ぎた。なにもかも流れさんにお任せしたら、とんでもないのを出されてしまった。
やはり人任せにしてはいけないということか……
今後いっさいレストランとかで、店長おすすめのお任せメニューは注文しないようにしよう……
「遅かったね……けど、誘ってもらってよかったの?」
 「あ、そちらさえよろしければ……」
「そう、ありがとう。今日は忙しいけど、また今度詳しい話をしてね」
「あ、ああ。また今度」
神坂は本当に急いでいるのかは分からないが、急ぎ足で奥の家に帰って行った。
けど、その表情はいつも無表情より少し嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか?
よくわからないが、流れでいろいろしゃべったが、うまくいったようだ。
「流れさん、ありがとう……」
にしても、俺も意外と行動力あるな。別に同情や憐れみじゃあないが、なんとなく一人にしたくないと思った。
けど、遅いってなんだ?
確かに最初、神坂は遅かったと言った。小さい声だったが、確かに聞こえた。
言葉を切りだすまでが遅かったという意味だろうか?それとも、俺の誘いを待っていた?
いや、さすがに自意識過剰すぎるか……別に神坂とはそこまで親しかった覚えはない。
やっぱり女心はわからんな……これ以上考えても仕方ないな。
まあ、せっかくだしお参りでもして帰るか。ごまかすためと言え、お参りに来たって言ったわけだし。
俺はそのまま適当にお参りを済ませて、家に帰った。




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