Memories of Tear  第一章(5)

 「なあ、ちょっと頼みがあるんだが……」
 「なんだよ改まって。水臭いな」
 いつものように学校に向かう途中、少しものものしい空気を作ってみる。
 「頼みというのは他でもない、俺に女性の扱い方を教えてくれないか」
 「知るか!何を俺がそういうの得意だっていう前提で話を進めているんだ!」
 「ええ!?得意じゃなかったの!?」
 「得意じゃないわ!人を女たらしみたいに言うな!」
   明らかに嘘だ。こいつはクラスでも男女の垣根を余裕で飛び越える数少ない猛者の一人だ。
 「イケメンは決まってそう言うんですよ」
 「人を犯人みたく言うなし……それはさておき、どうして突然そんなことを?」
 一番突かれたくないところを突かれてしまった……いや、まあ当然聞くよな。
 「いろいろあって、女性とお茶をするかもしれなくなった」
 「そのいろいろが非常に気になるが、あえて聞かないでおこう。てか、お前一気にアグレッシブになったな。うれしさを通り越して、お父さんは困惑気味だよ」
 「いつお前は俺の父さんになったよ、おい。昨日は母ちゃんだったのに、なぜ暮らすアップした……でも、俺がずいぶん積極的になったこと関しては俺も同感だよ」
 「オーケー、わかったよ。俺に出来る範囲でバックアップしてやるよ!なにせ親友の一大事だからな……」
 どういうわけか、急にやる気満々になっている。いつのまにやら、中島君のやる気スイッチを押してしまったらしい。俺はどっかの学習塾じゃないんだがな……
 いや、まあ手伝ってくれる文にはうれしいが。
「とりあえず、ありがとう…?」
「うしっ!やったるぜ!」
なんでこいつは毎回朝っぱらからテンション高いんだ?
でも、クラスに一人はいる、他人の恋愛事情にやたら首を突っ込むが、自分のことには興味のない感じの人なんでしょう。
 でも、そういう人って最初は張り切るけど、あとの方飽きてきて、本人からしてみれば有難迷惑ってのが多いんだよな。
 いや、まあ勝手なイメージですが……


「で、まあ結局実践あるのみな訳だよ」
学校に着いて、中島は昼休みに浅井も加えてなにやらワイワイ初めだした。
早くも中島に相談したことを後悔しだしている自分がいる……
「いや、あれだね!なんかこういうの久しぶりでわくわくするな!」
もう一人もやけにテンションあがっています。
「で、実際俺は何をすればいいわけ?」
半ばあきらめつつ、やる気十分の中島に聞いてみる。
「さっきも言った通り実践あるのみ!実際に女性に話しかけてみよう」
「いや、しみちゃんにはハードル高いでしょ……」
横で浅井が何か失礼なことを言っている。
ていうか、しみちゃんって誰だ?俺か?俺のことか!?
「じゃあどうする?最初は簡単な奴からがいいだろ?」
「そうだな、最初は仲のいい奴から行こうぜ。しみっちゃんと仲のいい奴って誰だ?」
「お前それは、その、あれ……」
「「…………」」
 当の本人を放っておいて、すごく失礼な会話が隣で繰り広げられている。いや、あながち間違いではないが……
 間違ってないあたりが余計に悲しい。
 「じゃあ、委員会の連中にしよう。少しは話したから、初対面よりかはマシだろ」
 「んじゃそうしますか」
あれよあれよと話が進んでいく。自分のことなのにおいてけぼりである。
 「まずは無難に中村かな」
 「よし、レッツ2E!!」
 

 それでさっそく2E教室まで来たわけです。
 「よし、いけ清水!!」
 「ええ〜、そんないきなり無理だって!!絶対うまくいかないから……」
 「出たよビビラー、そんなじゃ何も始まらないぞ?」
 「そうだぞ、ビビラー!!浅井の言うと通りだぞ」
 「え、何? 俺が悪いの??あと、そのビビラーって呼び方は絶対流行らないから!!」
 多少俺が慎重なのは認めるが、普通の年頃男性がいきなり女性に話しかけるのは難しいだろ……ん、俺だけ?
 「しょうがない、最初は俺が見本を見せてやるよ」
 しぶしぶと言った感じで中島が妥協する。
その妥協案的に、俺がやらなければならないのは変わらないが、とりあえず後回しにはなった。
 あと、個人的に中島の女性への対応は結構気になる。
 「おお!!遂に学院一のテクニャンがベールを……」
 「だからなんで俺はそういう扱いなの? 」
 「だって中島だから……」
 確かにこれに関しては浅井に激しく同意だ。こいつは異性に対していちいち紳士的だから、ずっと一緒にいて結構女子から言い寄られているのを知っている。
まあ、全部断ってたが……俺らからすれば面白くない話だ。
「とにかく!!今から見本見せてやるから、ちゃんと見とくように!!」
「はいはい、わかりましたよー」
中島は威勢よく椅子に座っている女子生徒のもとに向かっていく。
ていうか、中村さんに行くんじゃなかったのか?
「そりゃあ、次々と男三人から言い寄られたらあやしすぎるだろ」
隣から浅井が答えてる。
「地の文を勝手に読むな、おい……てか、三人ってことはおまえもやる気なのか!?」
「もちろん!!面白いことには参加しなきゃ。あと、しみっちゃんは考えてること顔に出過ぎだからな……」
はっきり言われたが、本当に顔に出てるのか?自分で顔に触って確かめてみるが当然よくわからない。
 そうこうするうちに、中島と女子生徒は自然に会話を始めている。
「なあ、あの二人って知りあい?」
浅井はあまりにも自然に会話する二人を見て、聞いてくる。
「さあ。別にあいつの交友関係をすべて把握しているわけじゃあないが、とりあえず俺の知ってる人ではないな……」
なにやら楽しげに話しているが、この教室の外からだといまいち聞こえない。
もう少し近づいてみよう。
「それ、ジョニーベアーだよね?すごいな、それこの辺りじゃ売ってないのに」
教室のドア付近まで来ると、中島の声がはっきりと聞こえてきた。
「うん、すごいでしょ?これ好きだからね、この前都内まで出たんだ!」
「へえ、俺のダチにも好きな奴がいるんだけどさ、そいつの影響でこの前買ってみたんだよ。だけど、なかなか牙付きタイプが売ってなくってさ」
ジョニー?牙付き?なにを言っているのかさっぱり分からない。これが俺と中島の差なのか……
会話内容すら理解できない。真似出来る訳がないじゃないか……
女子との共通の話題なんて思いつかないし……
「………………」
なんか隣で浅井は呆然としてるし。
「そうなの?牙付きなら池袋にあったと思うけど……そうだ!! 今度一緒に買いに行かない!? 私もまた新しいシリーズが出たとかで行きたかったんだ」
「ほんとに!? 助かるわ、正直あんまり都会って得意じゃなくってさ、一人じゃ行きにくかったんだよ!」
「あはは、中島君らしいね。なら、いろいろと案内してあげるよ!! これでもちょくちょく買いもとか行ってるからさ」
「おう、約束だからな!!」
「うん、それじゃあまた今度ね!!」
「じゃあなー」
中島SMILEとともに手を振ってこちらに来る。
何この人、怖い……この人のあとにやらなきゃいけないのか……?
いや、その前に浅井がいた!!失敗してもOK的な空気に変えてくれ!!
そう思って隣を見ると、感情の抜けた瞳であらぬところを見つめる男がいた。おそらくこの男が浅井である。
「さあ、清水君、君の番ですよ?」
この男、何を血迷ったのかこんなことを言ってくる。
「何言いってるんだい、浅井くん。やるじゃなかったのかい?面白いことは好きなんだろう?」
「いいじゃん、行ってこいよ!!」
中島の援護も加わる。てか、この空気の元凶が言うな。お前の後に行くって相当きついことをわかっていないな!!
「ほらほら、もともと君のための訓練だったし……僕なんかが出しゃばっても……ね?」
「ね?じゃねえよ!!しのごの言わずに行ってこいやア、浅井クウううううン!!」
あまりにもいや過ぎて、俺のキャラが少しぶれた気がしたが気にしない。
「あい、すんません行ってきます……」
浅井もあまりの俺の剣幕におびえたようで、おとなしく認めた。なので少しのキャラ崩壊ぐらい気にしないことにした。
「いってらー」
相変わらず元凶はのんきにしている。今は浅井に同情してやろう。
「浅井は誰に行くんだろうな、このクラスに知り合いなんているのかね?」
「いや、知らないけど……中島はさっきの人は初対面だったんじゃないの?」
「まさか!!初対面の人にそういう気がないにもかかわらず、お茶に誘ったりしないよ」
さすが中島、中身まで紳士だ。いや、でも今回ばかりは普通か。
「おい! 浅井が話しかけるぞ!!」
中島の声で、視線を再び浅井に向ける。
すると、ちょうど浅井が女子生徒にまさに声をかけようとしている場面だった。その女子生徒は活発そうで、今回の企画的に無難なタイプに見えた。
「えと、久しぶり・・・・・・元気してた?」
どうやらお互い事前に面識があったらしい。多少、というよりかなりぎこちない話し方だが。
「ん? 浅井じゃん、なんか用?」
「いや、特に用事はないんだが……その……」
「あっそ、んじゃ私忙しいから」
そう言って女子生徒は教科書を取り出し勉強を始める。
浅井は目の前で驚いてあたふたしているが、全く目にとめる様子もない。
「今のは浅井が悪い。男が女子と話すときにウジウジしちゃあいけない」
中島先生も隣で酷評している。正直俺も今のはないと思った。
自分で用事がないって宣言しちゃったし……
だが、どうやら浅井はまだあきらめていないようだ。
あいつの目は、まだ死んじゃいなかった。どうやら、もう一度アタックしようと覚悟を決めたようだ。
「すまん、さっきのは嘘だ!!ほんとはお前に用事があるんだ!!」
「??」
「あのだな……今度……一緒にお茶してくれええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!」
おお!ダイレクトアタックだ!!
「今のは男らしいな」
隣で中島先生も絶賛している!
「無理。私に彼氏いるの知ってるでしょ?」
男らしいだけだった。ていうか、バカだった……
「でも、かっこいいじゃない。彼氏持ちの女をデートに誘うなんて」
先生的には良かったらしい。確かに見せ物としては上出来だったのは認めよう。
「忘れてました……」
浅井が半泣きになりながら帰ってきた。どうやら、彼氏持ちと分かって行ったわけじゃないらしい。
「なんだ、忘れてただけかよ。がっかりだな」
一気に中島先生の評価も一変した。
「なにより、あそこですぐにあきらめたのがいけない。なんでもっと食い下がらなかった!?」
傷心中の浅井に駄目だしまで始めた。やっぱり今回一番楽しんでるのが中島だな。
「すんません……精進します。けど、ちょっとお暇をください……」
そういって浅井は廊下の隅に小さくなって体育座りを始めた。
「さて、余興も楽しんだところで、いよいよ清水の番だな」
いよいよ来てしまった……浅井の時間稼ぎも何の意味もなく、無情にも俺の番が来た。
そもそも、俺の予行練習のためにやっていたことなのだが。
「はあ、ほんとにやらなきゃだめ?」
「やらなきゃいけないことはないが、もしやらなかったら、空気読めよ的なムードになるだろうな。そして、一生意気地なしの烙印を押され続けるだろうな」
「それは、恐ろしいな……」
出来ればそんな不名誉な烙印は押されたくない。なにより、二人から相当さげすまれるだろう。
逆におとなしく行った方が楽かもしれない。究極の二択だ。
二人からの空気読めよ的な視線に耐えるか、それとも女子と会話するか……
ん?なんかよく考えたらすごくバカらしいことで悩んでるんじゃないか!?
「行ってきます」
心はきまった。最悪お茶に誘えなくても、普通に会話できればいいだろう。
「頑張れよー」
「ミスれミスれミスれミスれミスれミスれミスれミスれミスれミスれミスれ」
なんか奥の方から、怨念にも似た声が聞こえるが気にしない。
俺は教室の中に入り、中村さんの姿を探す。するとすぐに窓際の席で本を読んでいるのを発見する。
読書中とはなかなかの難易度だな。友達との会話中よりはまだいいが、何もせずにぼーっとしている時よりは難しい。
いや、何もしていない時なんて普通あまりないだろうが……
だが、俺はやってやる!!今の俺はひと味違うんだ!!
遂に中村さんの席の前に来る。中村さんはまだ気付かずに読書に没頭している。
後ろから中島の温かい視線を感じながら、俺はありったけの勇気を振り絞って話しかけた。
「な、なな、中村しゅわぁん!?」
噛んだ。だがそんなことはどうだっていい。人間の舌っていうもは不出来で、よく絡まるものだ。
「ひ、久しぶりでしゅね!!」
 実際そこまで久しぶりじゃないだろ!!と自分に突っ込みたくなるが気にしない。
 「元気してた? もすよかったらでしゅね、あの、お茶とか一緒にいちますぇん?」
 そう言って思いっきり頭を下げて、返事を待った。
言った。言えたよ俺!!噛みまくったが、知ったことか!! 
「………………」
 だが、返事が来ない……まさか、ダメなのか、失敗だったか??
 相手の表情を探ろうとして俺は頭を上げた。
 すると、そこには"未だに本を食い入るように見ている中村さん"がいた……
 こちらには全く気付いていない。代わりに、他のクラスの人たちの目線が俺を射抜いていた。
 ……………あああ、ああああ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!
 恥ずかしい!!ちょっと顔赤いんじゃない!? 嘘、ちょっと!? 明日校内新聞とかに張り出されない!? 大丈夫!? ねえ俺の社会的名誉大丈夫!? 息してる!?
 走った。全速力で教室を出た。
 廊下の奥まで逃げ込むと、中島と浅井が憐れみの視線を向けて待っていた。
 「すまん、中村は一つのことに集中すると、周りが全く見えなるんだったわ」
 などと浅井がぬかす。
 「お前の所為かああああああああ、うわああああああん!!!!」
 もうやだ……人生って難しい。
 俺は行く当てもなく、再び全速力で走りだした。
結局その日の特訓(?)はそのまま終わりになり、どうすればいいかもわからず仕舞いのままだった。




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